As a Judge


ドグタウンカップを終えて、ジャッジとしての今年を振り返っておきたい。
3年前に、スローのバリエーションやディスクのハンドリング等のRelease Diversityを、そしてZig ZagやPassingなどの基本的なルーチンの骨格になるセグメントを提示した。

一昨年から昨年にかけてはField PresentationとDisc Managementを提示して多くのプレイヤーがルーチンのクオリティーを飛躍的に向上させた。

今年はTeam MovementとRhythmic Teamに力をいれてきた。もちろん、参加しているチームに合わせて採点が微妙に揺れることはあるけれど、少しずつこちらの意図が伝わるようになっていき、今、シーズンの終盤にはトーナメントの会場全体がほぼ同じ価値観でチームのルーチンを観るようになってきた。

いいプレーには大きな拍手が自然と生まれて、選手達がいい意味での競争意識で素晴らしいプレーを見せる。そしてそこに賞賛の拍手がまた生まれる。参加者やギャラリーに感動を覚えさせるトーナメントは、こうして生まれるのだと思う。

こんな風に、選手達が共通の理解が浸透し始めるとそのグループのレベルは急激に上がってくるものです。なぜなら、(ランブルを例に出すまでもなく)皆で教えあうことが出来るのが第一の理由。そして、皆で称えあうことが出来ることがもう一つの理由。

ドイツでジャッジをしたときに担当がプレイヤーズエレメントだったので、ジャッジングペーパーのComment欄に出来るだけ多くのこと書き込もうと決めて、色々書き込んだら終ってから選手達が次々やってきて凄く喜んでいた。

それは自分達が次に何をしてくればよいのかが明確になったことを喜び、何が評価されているかが分かることが驚きだったからのようだった。

『アメリカの連中が言っていたピーターの時代のミステリアス ジャッジングから脱却しなければこのスポーツはだめになるよね』 これがドイツの連中の素直な感想。賛成。



選手や観客に伝わる分かりやすいジャッジングをしたい。

ジャッジは少しでもそのチームのいいところを見つけて点数にする。

明日、また犬とフィールドに出かけて練習したくなる、そんなジャッジングをしたい。

クリアーなジャッジングで犬達を、選手達を、ディスクドッグは危険だとする人々の無知な非難から守る。

選手達に一時的に、嫌われても、公平なジャッジングをしたい。

by dogtownfactory | 2007-10-26 01:15 | dog sports