USDDN story

1980年代に急速に普及していったフリスビードッグ。
勿論、主流はフリースタイル。
当時は、アシュレーウイペットインビテーショナルが主なタイトルで全米の選手たちが年に一度全米5か所で開かれるリジョナルクオリファイ(地方予選)を目指していた。
この予選を通過した上位2チーム合計10チームとオープンクオリファイで通過した2チームを加えて12チームが参加する世界選手権が毎年ワシントンDCで開催され、勝者はワールドチャンピオンと呼ばれた。
しかし、この世界選手権はアメリカ人しか参加できなかった。
日本人は自分も含め数名このタイトルにチャレンジを試みたが予選を通過してもエキシビション参加だったためワシントンDCに行くことはできなかった。

このトーナメントはスポンサートラブルなどの理由で1998年ごろを最後に中断してしまう。その後、このAWIのタイトルは転々とする。

ある時はSHの世界選手権のトロフィーにAWIの歴代チャンピオンの名が刻まれていたり、AWIの名前でシカゴ郊外ネパビルを会場に予選なしで開催されていた時期もあり、そこにもトロフィーに歴代チャンピオンの名が刻まれていた。実際にこの目で両方とも見たので間違いない。
どちらも同じ年(2002年)のことなのでおかしな話だがアメリカ国内のいろいろな事情があったことはなんとなく察しがついた。

当時、現地のプレイヤーたちにどういうことなのかをいろいろ尋ねてみたけれど、あまり明確な説明は聞けなかった。

その代わり複数の人間から、「USDDNピープルと話をしてみたら。」「USDDNはちゃんとやっているよ。」といった話を聞かされた。

それってだれのことという問いに対する答えは「アトランタやフロりダの連中だよ。」という答え。

実際にメリッサ・ヒーターやドナ・シェイといったUSDDNピープルと出会うまでにはさらに時間がかかった。

メリッサとは日本で会ったことはあったけれど、印象としては聡明ではあるけれど暗い人といったイメージ。

久しぶりに会ってみると印象とは全く異なっていた。
それどころか長年プレイヤーとして悩まされ続けてきたジャッジングに対する不信感や改善されないルール。そして、フリスビードッグフリ-スタイルジャッジングそのものの幼稚さに対する不満を持っていたのは自分だけではないことを知らされた。

USDDNは90年代に活躍していたトッププレイヤーたちが集まり、議論を重ねジャッジングのコンセプトづくりからはじめて、細かいレギュレーションや採点基準を明確にして誰にでもわかりやすいルール作りを始めていた。

[勿論、完璧では無いと思うしアメリカ人特有の大雑把さは残っているが今なお活発な議論(時にはファイトしながら)を重ね、毎年少しづつ改善しつづけている。]

それまで、UFOのゲームを日本で開催してたが、その出会いからUFOではなくUSDDNこそがこのスポーツだと真剣に向き合い、取り組んでいると判断して、翌年からUSDDNの予選を毎年開催してきた。

2006年にはQC+CUPを西日本予選として立ち上げ今年第5回を迎えた。

QC+CUPまであと4日。

ところで、AWIは2003年にはアシュレーインビテーショナルとアシュレークラシックに分かれ、つい最近はまた一つになったらしい。アメリカの選手が事のいきさつを俺に尋ねてきたけれど、俺に聞いてどうするって。世界中のプレイヤーが知っていることだが摩訶不思議な成り行きではある。

by dogtownfactory | 2010-05-26 13:18 | dog sports